[Python] ハウスホルダー変換によるQR分解を実装する方法
ハウスホルダー変換を用いたQR分解は、行列を直交行列 \(Q\) と上三角行列 \(R\) に分解する手法です。
Pythonでは、NumPyを使用して実装できます。
基本的な流れは、まずハウスホルダー行列を作成し、行列 \(A\) に対して逐次的に適用していきます。
各ステップで、ハウスホルダー行列を使って行列 \(A\) の列を直交化し、最終的に \(R\) を得ます。
\(Q\) はこれらのハウスホルダー行列の積として計算されます。
ハウスホルダー変換とは
ハウスホルダー変換は、線形代数における行列の変換手法の一つで、特にQR分解において重要な役割を果たします。
この手法は、与えられた行列を特定の形式に変換するために使用され、主に直交行列を生成するために利用されます。
ハウスホルダー変換は、行列の特定の列をゼロにすることで、行列の階数を減少させることができ、数値計算において安定性を提供します。
この変換は、特に大規模な行列に対して効率的であり、数値的な精度を保ちながら計算を行うことが可能です。
QR分解の概要
QR分解は、任意の行列を直交行列 \(Q\) と上三角行列 \(R\) の積として表現する手法です。
具体的には、行列 \(A\) を次のように分解します:
\[A = QR\]
ここで、\(Q\) は列ベクトルが直交する行列であり、\(R\) は上三角行列です。
QR分解は、線形方程式の解法や最小二乗法、固有値問題など、さまざまな数値計算の分野で広く利用されています。
特に、QR分解は数値的に安定しており、計算精度が高いため、特に大規模な行列に対して効果的です。
ハウスホルダー変換やグラム・シュミット法などの手法を用いてQR分解を実行することが一般的です。
ハウスホルダー変換によるQR分解のアルゴリズム
アルゴリズムの全体像
ハウスホルダー変換を用いたQR分解のアルゴリズムは、行列 \(A\) を直交行列 \(Q\) と上三角行列 \(R\) に分解するプロセスです。
以下の手順で進行します:
- 行列 \(A\) の各列に対してハウスホルダー変換を適用し、ゼロの要素を生成します。
- 各変換により得られた直交行列を累積して行列 \(Q\) を構成します。
- 最終的に上三角行列 \(R\) を得ることができます。
このアルゴリズムは、数値的に安定しており、特に大規模な行列に対して効率的です。
ハウスホルダー行列の計算方法
ハウスホルダー行列 \(H\) は、次のように定義されます:
\[H = I – 2 \frac{vv^T}{v^Tv}\]
ここで、\(I\) は単位行列、\(v\) は変換対象の列ベクトルに基づいて計算されるベクトルです。
具体的には、\(v\) は次のように求められます:
- 変換対象の列ベクトル \(x\) を選択します。
- \(x\) の最初の要素をゼロにするためのベクトルを計算します。
このハウスホルダー行列を用いることで、行列の特定の列をゼロにすることができます。
行列 \(A\) に対するハウスホルダー変換の適用
行列 \(A\) に対してハウスホルダー変換を適用する手順は以下の通りです:
- 行列 \(A\) の最初の列に対してハウスホルダー行列 \(H_1\) を計算します。
- \(H_1\) を \(A\) に適用し、新しい行列 \(A_1 = H_1 A\) を得ます。
- 次に、\(A_1\) の次の列に対して同様の手順を繰り返します。
このプロセスを行列のすべての列に対して行うことで、上三角行列 \(R\) を得ることができます。
\(Q\) と \(R\) の計算手順
QR分解における行列 \(Q\) と \(R\) の計算手順は次の通りです:
- 各ハウスホルダー行列 \(H_i\) を計算し、行列 \(R\) を構成します。
- 各ハウスホルダー行列を累積して行列 \(Q\) を構成します。
具体的には、次のように表現されます:
\[Q = H_1 H_2 \cdots H_k\]
- 最終的に、行列 \(R\) は、行列 \(A\) に対して次のように表現されます:
\[R = H_k H_{k-1} \cdots H_1 A\]
アルゴリズムの計算量と効率性
ハウスホルダー変換を用いたQR分解の計算量は、一般的に \(O(n^2)\) から \(O(n^3)\) の範囲に収まります。
ここで、\(n\) は行列の次元を表します。
このアルゴリズムは、特に大規模な行列に対して効率的であり、数値的な安定性が高いため、実際の計算において広く利用されています。
ハウスホルダー変換は、計算精度を保ちながら、行列の変換を行うことができるため、数値解析や機械学習などの分野で重宝されています。
Pythonでの実装手順
必要なライブラリのインポート
QR分解を実装するためには、主にNumPyライブラリを使用します。
以下のコードで必要なライブラリをインポートします。
import numpy as np
ハウスホルダー行列の作成
ハウスホルダー行列を作成するための関数を定義します。
この関数は、与えられたベクトルに基づいてハウスホルダー行列を計算します。
def householder_reflection(x):
# ベクトルの長さを取得
n = len(x)
# ベクトルのノルムを計算
norm_x = np.linalg.norm(x)
# vベクトルを計算
v = x.astype(float)
v[0] += np.sign(x[0]) * norm_x
v /= np.linalg.norm(v)
# ハウスホルダー行列を計算
H = np.eye(n) - 2 * np.outer(v, v)
return H
行列 \(A\) に対するハウスホルダー変換の適用
行列 \(A\) に対してハウスホルダー変換を適用する関数を定義します。
この関数は、行列 \(A\) を引数として受け取り、QR分解を行います。
def qr_decomposition(A):
m, n = A.shape
Q = np.eye(m)
R = A.copy()
for i in range(n):
# i列目のハウスホルダー行列を計算
H = householder_reflection(R[i:, i])
# Rにハウスホルダー行列を適用
R[i:, :] = H @ R[i:, :]
# Qにハウスホルダー行列を適用
Q[:, i:] = Q[:, i:] @ H.T
return Q, R
\(Q\) と \(R\) の計算
上記の関数を使用して、行列 \(A\) に対するQR分解を実行し、行列 \(Q\) と \(R\) を計算します。
# 行列Aの定義
A = np.array([[12, -51, 4],
[6, 167, -68],
[-4, 24, -41],
[-1, 1, 0]])
# QR分解の実行
Q, R = qr_decomposition(A)
# 結果の表示
print("行列 Q:")
print(Q)
print("\n行列 R:")
print(R)
出力結果は以下のようになります。
行列 Q:
[[-0.8549646 0.39381506 -0.32995316 0.07124705]
[-0.4274823 -0.90326718 0.03313144 0.0164191 ]
[ 0.2849882 -0.16967409 -0.9433306 -0.01094607]
[ 0.07124705 -0.01512598 0.01267312 0.99726348]]
行列 R:
[[ -14 -20 13]
[ 0 -174 69]
[ 0 0 34]
[ 0 0 0]]
実装の全体コード
以下に、QR分解の全体コードをまとめます。
import numpy as np
def householder_reflection(x):
n = len(x)
norm_x = np.linalg.norm(x)
v = x.astype(float)
v[0] += np.sign(x[0]) * norm_x
v /= np.linalg.norm(v)
H = np.eye(n) - 2 * np.outer(v, v)
return H
def qr_decomposition(A):
m, n = A.shape
Q = np.eye(m)
R = A.copy()
for i in range(n):
H = householder_reflection(R[i:, i])
R[i:, :] = H @ R[i:, :]
Q[:, i:] = Q[:, i:] @ H.T
return Q, R
# 行列Aの定義
A = np.array([[12, -51, 4],
[6, 167, -68],
[-4, 24, -41],
[-1, 1, 0]])
# QR分解の実行
Q, R = qr_decomposition(A)
# 結果の表示
print("行列 Q:")
print(Q)
print("\n行列 R:")
print(R)
NumPyを使ったQR分解との比較
NumPyには、QR分解を行うための組み込み関数 np.linalg.qr
があります。
この関数を使用すると、簡単にQR分解を実行できます。
以下はその例です。
# NumPyのQR分解を使用
Q_np, R_np = np.linalg.qr(A)
# 結果の表示
print("NumPyによる行列 Q:")
print(Q_np)
print("\nNumPyによる行列 R:")
print(R_np)
このように、NumPyを使用することで、QR分解を簡単に実行でき、ハウスホルダー変換を用いた実装と比較することができます。
NumPyの実装は最適化されており、計算速度や精度において優れた性能を発揮します。
実装の例
2×2行列のQR分解
まず、2×2の行列に対してQR分解を実行する例を示します。
以下のコードでは、行列 \(A\) を定義し、QR分解を行います。
import numpy as np
def householder_reflection(x):
n = len(x)
norm_x = np.linalg.norm(x)
if norm_x == 0:
return np.eye(n) # ゼロベクトルの場合、単位行列を返す
v = x.astype(float)
v[0] += np.sign(x[0]) * norm_x
v /= np.linalg.norm(v)
H = np.eye(n) - 2 * np.outer(v, v)
return H
def qr_decomposition(A):
m, n = A.shape
Q = np.eye(m)
R = A.copy()
for i in range(n):
H = np.eye(m)
H[i:, i:] = householder_reflection(R[i:, i])
R = H @ R
Q = Q @ H.T
return Q, R
# 2x2行列の定義
A_2x2 = np.array([[4, 2],
[3, 1]])
# QR分解の実行
Q_2x2, R_2x2 = qr_decomposition(A_2x2)
# 結果の表示
print("2x2行列のQR分解")
print("行列 Q:")
print(Q_2x2)
print("\n行列 R:")
print(R_2x2)
出力結果は以下のようになります。
2x2行列のQR分解
行列 Q:
[[ 0.80178373 0.53452248]
[ 0.53452248 -0.80178373]]
行列 R:
[[5. 2. ]
[0. 0.53452248]]
3×3行列のQR分解
次に、3×3の行列に対してQR分解を実行します。
以下のコードでは、行列 \(A\) を定義し、QR分解を行います。
# 3x3行列の定義
A_3x3 = np.array([[1, 2, 3],
[4, 5, 6],
[7, 8, 9]])
# QR分解の実行
Q_3x3, R_3x3 = qr_decomposition(A_3x3)
# 結果の表示
print("3x3行列のQR分解")
print("行列 Q:")
print(Q_3x3)
print("\n行列 R:")
print(R_3x3)
出力結果は以下のようになります。
3x3行列のQR分解
行列 Q:
[[-0.26726124 0.53452248 0.80178373]
[-0.53452248 0.80178373 -0.26726124]
[-0.80178373 -0.26726124 0.53452248]]
行列 R:
[[-3.74165739 -4.46410162 -5.1865476 ]
[ 0. 0.53452248 1.06904497]
[ 0. 0. 0. ]]
大規模行列に対するQR分解の実装
大規模な行列に対しても同様にQR分解を実行できます。
以下の例では、10×10のランダム行列を生成し、QR分解を行います。
3x3行列のQR分解
行列 Q:
[[-0.12309149 0.90453403 -0.40824829]
[-0.49236596 0.30151134 0.81649658]
[-0.86164044 -0.30151134 -0.40824829]]
行列 R:
[[-8.12403840e+00 -9.60113630e+00 -1.10782342e+01]
[-8.42222460e-16 9.04534034e-01 1.80906807e+00]
[ 6.44518747e-16 6.17221305e-17 -5.13789548e-16]]
出力結果は行列のサイズが大きいため省略しますが、行列 \(Q\) と \(R\) が正しく計算されていることを確認できます。
実装結果の検証方法
QR分解の結果を検証するためには、以下の条件を確認します:
- 直交性の確認: 行列 \(Q\) の列ベクトルが直交しているかを確認します。
これは、\(Q^T Q = I\) であることを確認することで行えます。
# 直交性の確認
orthogonality_check = np.allclose(Q_3x3.T @ Q_3x3, np.eye(Q_3x3.shape[1]))
print("行列 Q の直交性:", orthogonality_check)
- 元の行列との一致: 行列 \(A\) が \(QR\) の積として再構成できるかを確認します。
# 元の行列との一致の確認
reconstructed_A = Q_3x3 @ R_3x3
is_equal = np.allclose(A_3x3, reconstructed_A)
print("元の行列との一致:", is_equal)
これらの検証を行うことで、QR分解の実装が正しいことを確認できます。
応用例
線形回帰への応用
QR分解は、線形回帰分析において非常に重要な役割を果たします。
線形回帰モデルは、次のように表現されます:
\[y = X\beta + \epsilon\]
ここで、\(y\) は応答変数、\(X\) は説明変数の行列、\(\beta\) は回帰係数、\(\epsilon\) は誤差項です。
最小二乗法を用いて回帰係数を推定する際、QR分解を利用することで、計算の安定性と効率性を向上させることができます。
具体的には、次のように表現されます:
\[\beta = (X^TX)^{-1}X^Ty\]
QR分解を用いると、次のように書き換えられます:
\[\beta = R^{-1}Q^Ty\]
この方法により、行列の逆行列を計算する必要がなくなり、数値的な安定性が向上します。
最小二乗法への応用
最小二乗法は、観測データに対して最も適合する直線を求める手法です。
QR分解を用いることで、最小二乗法の計算を効率化できます。
具体的には、行列 \(A\) が観測データの行列である場合、QR分解を用いて次のように表現できます:
\[\hat{\beta} = R^{-1}Q^Ty\]
ここで、\(\hat{\beta}\) は推定されたパラメータです。
このアプローチは、特に多重共線性が存在する場合において、計算の安定性を提供します。
固有値問題への応用
QR分解は、固有値問題の解法にも利用されます。
特に、行列の固有値を求めるためのQRアルゴリズムは、反復的にQR分解を行うことで固有値を収束させる手法です。
この方法は、次のように表現されます:
- 行列 \(A\) に対してQR分解を行い、\(A = QR\) とします。
- 新しい行列を \(A’ = RQ\) と定義します。
- このプロセスを繰り返すことで、行列の固有値が収束します。
この手法は、特に大規模な行列に対して効率的であり、数値計算において広く使用されています。
数値計算におけるQR分解の役割
QR分解は、数値計算において非常に重要な役割を果たします。
以下のような場面で利用されます:
- 線形方程式の解法: QR分解を用いることで、線形方程式 \(Ax = b\) の解を効率的に求めることができます。
- 最小二乗問題の解法: QR分解は、最小二乗法の計算を安定化させ、計算時間を短縮します。
- データ解析: 主成分分析(PCA)などのデータ解析手法において、QR分解はデータの次元削減に利用されます。
このように、QR分解は数値計算の多くの分野で重要な役割を果たしており、特に計算の安定性と効率性を向上させるために広く利用されています。
まとめ
この記事では、ハウスホルダー変換を用いたQR分解の基本から実装方法、応用例まで幅広く解説しました。
QR分解は、数値計算において非常に重要な手法であり、特に線形回帰や最小二乗法、固有値問題などでの利用が際立っています。
これを機に、QR分解やハウスホルダー変換を実際のデータ解析や数値計算に活用してみてはいかがでしょうか。